寮長のまなざし㉞人生は胡蝶の夢
公開:2025/5/21更新:2025/5/21
寮生と夕食を共にしながら、お金の話になり、年収の話になった。学校の英語の授業で、「年収が800万円までは人間の幸福度は上がる一方だが、800万円を超えても幸福度がほとんど上がらずに、横ばいのままになるから、職業選択する上ではこのラインが一つの目標になる」という話だったらしい。そんな話を授業の合間にいれることで、生徒の知への関心は高まることになると思う。
私も以前は保健の教師だった(今も?)ので、生徒の関心を高めたかったのと自分の興味からこんな話をしたことがある。
題して、「おねしょをしなくなる瞬間」である。
生徒に「おねしょをしなくなった瞬間を覚えている人はいますか?」と問いかけて、覚えていると応える生徒は皆無である。
でも、私はおねしょをしなくなった瞬間を覚えている。布団に入り、眠っている最中におしっこがしたくなったら、布団から出て、トイレまで歩いていき、便器の前で小を始める。ああ、気持ちいいと思うのは束の間で自分が夢の中でトイレへ行き、夢の中で小をしており、気が付けば布団がぬれて、だんだん冷たくなってきて、夢だったと気づく。
これを何度か繰り返すと、トイレの便器の前に小をする直前に「もしかしたらこれは夢かもしれない」と気づき、夢から目覚める。酷い時は夢の中で夢を見ることもあったが、便器の前で「待てよ、これは夢かも」疑う力がついた瞬間がおねしょをしなくなる瞬間であった。
こんな話をして、「同じ体験した人いないですか?」と聞くと、2、3人がうなずくが、私は世の中のすべての人が同じ体験を共有していると思っていたので、同じ体験をしている人が少ないのも驚きだった。
夢の同じ体験と言えば、今年も高校1年生はイギリスの語学研修に行くが、英語が話せるようになる瞬間がわかると聞いたことがある。それは、夢の中で日本語で会話せずに、英語で会話が成り立つようになれば、英語が話せる状態になった証左とのことである。おねしょの追体験は難しいが、英語を学んでいる人は英語で話す夢を見ることは比較的ハードルが低いように思えるが。人生は胡蝶の夢。