教育理念

学校法人片山学園 理事長
片山浄見

教育とはまず子どもと向き合うこと 

 昭和49年、富山に戻った私は、コンクリートの二次製品を作る会社に勤め、そこで様々な人との出会いの中で、人というものを学んで来ました。そんな折、知り合いから当時小学6年生の家庭教師を頼まれたのです。元々、学生時代から家庭教師のアルバイトを経験し、教育にも関心があった私は、引き受けることにしました。
ただ、その子は、いじめが原因で不登校になっており、成績も悪く、全てにおいて自暴自棄になっていました。最初のころはなかなか心を開かず、反抗的な言動も度々ありましたが、ある時、その子の描いた1枚の絵を大層褒めたところ、彼の閉じていた心の扉が少し開いたのです。そこから彼は変わり始めました。私の言うことに耳を傾け、素直に聞くようになってくれたのです。彼は変わりました。学習意欲が徐々に高まり、知識が増え、それが自信へとつながって行ったのです。私は自信を持って毎日生き生きと生活するようになった彼を見て、大きな喜びを感じました。私はそこで思ったのです。教育とは、まず、子どもと向き合い、認め、そして褒め、その子の持っている長所を伸ばすことだということを。
ただ、当時の学校教育現場では様々な理由や状況から、一度横道に逸れた子どもと時間をかけて向き合うことは、なかなか難しいということも知っておりました。そこで、私は「学習塾」を作り、「塾のこころ」を持って一人ひとりの子どもと向き合おう、という決意を持ったのです。
昭和52年10月1日、私は勤めていた会社を辞め、富山市星井町の雑居ビルの2階に、「学習塾 富山育英センター」を開きました。
ただ、塾を開いて2ヶ月間は全く誰も足を運んではくれませんでした。教員としての指導経験もなく、実績もないとなれば、それも無理はないとは思います。しかし、そんな中、とうとう一人の生徒が私の塾の扉を叩いてくれたのです。

どんな子でも素晴らしい才能がある 

 それは、不登校から立ち直っていた彼だったのです。彼は高校受験を2ヶ月後に控え、また私と一緒に高校合格に向けて頑張りたいと言ってくれたのです。最初の塾生になってくれた彼と私は、ひたすら高校合格に向けて頑張りました。そして、結果は合格。それも進学校の一つである富山高校です。私はその時、「勉強だけじゃない。子どもの悩みを聞き、心を通わせる環境が子どもたちを引きつけることができるんだ。」と確信を持ったのです。
彼の合格は口コミによって知れ渡り、色々な生徒が育英センターに集まってくれました。ただ、来てくれた生徒の多くは、勉強が嫌いで親に無理やり行かされた子、また彼のような不登校気味の子、そういった子ばかりでした。よって世間では、「育英センターは問題のある子が集まる塾だ。」といったレッテルを張られたりもしました。ただ、私は全く意に介しませんでした。なぜなら「育英センターは進学塾じゃない。一番からビリまで、どんな子でも才能をのばす塾なんだ。」といった気概があったからです。だから私は、学習指導だけではなく、夏には海水浴、冬にはスキー、毎月実施の映画鑑賞会や誕生会といった、子どもたちといろいろな機会や場で向き合うことで子どもの人間性を育むことに力を注ぎ込んでいたのです。
ある日、また一人、育英センターに入ってくれた子がいました。その子は今までの塾生とは全く違うタイプの生徒さんでした。俗に言う天才児です。小学生のうちから高校内容を理解し、英語だけでなくフランス語も読み書き、話すことができる生徒です。正直、塾で彼に教えることはほとんどなかったのですが、彼は私に常にこう言ってくれたのです。
「この塾の雰囲気が好き。」私はこの言葉を聞いて、本当にうれしく思い、そして自分の取り組んでいたことに間違いがなかったということに確信を持ちました。併せて彼の入塾によってそれからたくさんの生徒が集まり始めたのです。そして私は、昭和54年に高校入試対策として「育英模試」を実施し、当時北陸で初めてと言われた5,000万円の成績処理用のコンピューターを導入して、志望校ごとの正確な合格率が出せるようにしました。たくさんの受験者数に裏打ちされたデータは進路を選ぶ羅針盤となり、県下多くの生徒、保護者の信頼を勝ち取ることができたのです。その後、育英センターは発展続け、気がつけば北陸最大規模の塾に成長して行きました。

自然豊かな環境でまっすぐに育てたい 

 塾には多くの生徒が集まるようになっていましたが、私にはこの限られた時間しか子どもと接することができないことにもどかしさを感じるようになりました。「もっと時間があればこの子は伸びるのに、もっと広い、自然豊かな環境の中であれば真っすぐに育つのに。」そんな折、鹿児島の池田ゼミナールが学校を創ったという話を聞き、実際に赴き、そして話を聞くにつれ、私の中で学校設立への思いが今まで以上に強く湧き上がったのです。
その後、塾が創った学校としては2番手となる、高知の土佐塾中学校・高等学校に行き、学校設立の過程やノウハウを学ばせてもらいました。学校設立が単なる夢で終わるのではなく、実現できそうな手応えがこの頃から感じられたのです。その根底にあるのは、育英センターが順調に発展し続けていたこと、有能なスタッフに恵まれていたこと、など様々な要因が学校設立事業に拍車をかけていたような気がします。そして、平成3年、呉羽地区に学校建設予定地区としてはどうかとの打診が地元からあり、学校設立準備委員会の設立にこぎつけました。
学校設立に向け、より実務レベルでの準備に入ったのですが、最初の壁が我々の前に立ちはだかりました。それは、呉羽地区の土地が農業振興地域に指定されており、その除外が不可能だということがわかり、断念せざるを得なかったのです。土地の問題には本当に頭を悩まされました。次の候補地も農業振興地域の除外を得られず、そして次は埋蔵文化財調査が入り、といった具合でした。
しかし、平成7年3月、富山市にある学校法人から専門学校再建の協力要請がありました。少子化社会の中、私学の経営は困難という思いはありましたが、私はその申し入れを受け入れ、同年8月、「学校法人 片山学園」が誕生しました。
ほぼ同時期、学校設立候補地として大山町(現富山市)が挙がりました。この地区には富山国際大学、富山国際職藝学院(現職藝学院)があり、文教地区として環境は全く問題がありませんでした。
平成10年6月、富山県に提出していた設置計画書が承認され、同年8月には起工式を行い、翌年4月開校を見据えて本格的な準備に入りました。しかし、寄付金が思うように集まらず、目標額には届かない現実を迫られ、学校設立の夢がついえてしまったのです。
学校誕生に期待を寄せていた子どもたちとその保護者、そして寄付をして下さった多くの方々の思いを裏切る結果ともなり、また誹謗中傷も受け、私の夢は本当にここで終わるのかと、本当に辛い日々を送っておりました。しかし失意の私を救ってくれたのは、家族、育英センターの社員、そして私を応援し続けてくれている友人や取引先の方々でした。厳しくも暖かい激励の言葉を受け、私は再び立ち上がることができたのです。

さらなる夢に向かって 

 平成15年12月、私は再び県に学校設立設置計画書を提出しました。今度は前回の反省をふまえ、「夢がいっぱい詰まった小さな学校」をコンセプトとした、定員80名の学校としました。もちろん小さい学校と言っても一度失敗している身です。世間の目は厳しかったのですが、一方で挫折を何度も乗り越える我々の取り組みに、支援の輪も広がり始めたのです。そして、ついに平成17年4月、東黒牧の地に「片山学園中学校」が誕生しました。一期生86名は実績も伝統もないこの学校へ勇気を持って入学してくれ、一期生の誇りと開拓精神を持って学校生活を送ってくれました。それから3年後の平成20年4月、片山学園高等学校が誕生し、一期生も高校生活をスタートしました。私は自分自身の経験をふまえて「夢は必ず実現できる」と生徒たちに常々言って来ました。その私の想いに彼らも応えてくれ、平成23年3月、彼らは次の夢の実現に向かって学び舎を旅立って行ったのです。

可能性を自ら拓いていく
 新しい教育への取り組み

片山学園中学校 校長
望月尚志

 2016年度より片山学園中学校・高等学校は以下の新しい取り組みを進めています。
 
◇海外短期留学の拡大
 開校以来、毎年高校1年生全員がイギリスのチェルトナムカレッジで語学研修を行っています。そのプログラムにプラスして、イギリスのイートン校、スイスのブリヤモン・インターナショナルとも提携して短期留学制度を導入しました。また、今年はオーストラリアのドロマナセカンドリーカレッジとの交換留学制度も導入し、将来的にはフランスやカナダの学校とも交換留学のための準備を進めています。

◇教育改革推進!! アクティブラーニング形式授業
 アクティブラーニング(AL)は、実際にやってみて考える、意見を出し合って考える、わかりやすく情報をまとめ直す、応用問題を解くなど、いろいろな活動を介してより深くわかるようになることや、よりうまくできるようになることを目指す、「思考を活性化する」学習形態のことです。
 導入2年目となる今年度については、よりALを進化と深化するために教員、生徒は一丸となって取り組んでおります。

◇新しい道徳教育「リーダー・イン・ミー」稼働!
「7つの習慣」をベースにした教育プログラム「リーダー・イン・ミー」を昨年度から導入しています。これは生徒一人ひとりのリーダーシップを育み、生き生きとした学校文化を築くプログラムです。毎週月曜日の道徳の授業は、活発に意見がとびかい、生徒は楽しみながら学んでいます。まずは「自分で考えて行動する力」を身につけることが1学期の目標です。

 2020年の大学入試改革を見据えた「21世紀型の学びの姿勢」を確立するため、そして社会に出てからは真のリーダーになることを目指して、片山学園は様々なプログラムで生徒の持つ可能性を伸ばして行きたいと考えています。

「孝・恩・徳」の教育 クリックして下さい

1.まず 孝 ありき

 人間がこの世に生まれてまず受けるもの、それは親の愛である。豊富な愛を受けてこそ子どもたちはこの激動の世の中を生きる力を育んでいくのである。親の無償の愛から子どもたちは強さやたくましさ、優しさを学び、大きくなっていく。
 そうやって成長する子どもたちにまず実践して欲しい生き方、それが「孝」である。愛に応える力、それは自分を優しく守ってくれる親を愛し、いたわり、慈しむ気持ちから始まるのではないだろうか。自分を育ててくれた親や家族への感謝の気持ち、家族の結束、そういったものが徐々に失われていく我が国において、今こそ「孝」の実践というものを見つめなおす時期に来ている。家族への愛情を感じることのできないものが、どうして他人を慈しめようか。
 孔子は「仁」の本質として、「孝悌なるものは仁の本たるか」と説いている。すなわち、人を慈しむ気持ちは親や家族への愛から生まれるということである。また、中江藤樹は「身を離れて孝無く、孝を離れて身無し」と言う。孝を心に抱き実践しないことには自己の確立などありえない。親を、家族を思いやる気持ちがあってこそ、初めて徳を身につける土台に立てるのである。

2. 恩 に報いる気持ちを

 家族だけではなく、人はたくさんの思いやりを受けて育つ。友人、地域の人々、学校の教師。子どもたちを取り巻く社会の中で、そういった思いやりを敏感に感じ取れる力、それが「恩」であろう。「恩」とは、本来は「ふとんに寝ている(病気に臥せっている)人を慈しむ心」を表す字である。弱者に対する慈愛、それは他者から受けて初めて実感できるものである。一人では生きていくことのできない子どもたちを温かく見守る心、それを受けて子どもたちは恩を感じる。そして恩に報いようとする。そういった心と心の通じ合いこそが恩の本質である。
 新たな社会関係を築き上げるとき、「恩」というものを知らなければ、その行程は困難を極めるであろう。逆に、他者の心に鋭敏となり、その人に対する恩を感じて実践に移すことができれば、子どもたちを取り巻く社会はぐんぐん広がり、また、温かく包んでくれるものになる。恩を感じ、報いることのできる環境づくり、それこそが我が校の使命と考えるのである。

3.「孝」「恩」が育む 徳

  人間の生き方が問われる現代社会において、「正しく善く生きるための力」、それが「徳」である。金銭や名誉、社会的地位の確立のために人は生きるが、それを真に正しいものにする力、それが徳なのではないだろうか。仁・義・礼・智の四徳の実践による正しく生きる道の模索、それが我が校が目指す到達点である。人を慈しむ心、正義を愛する心、譲り合う心、そして豊富な知識を身に付けて善悪を判断する心。それは「孝」「恩」の気持ちがあってはじめて会得できるものである。
学業だけにとらわれず、よりよい社会の構築のために活躍できる人材の育成を目指したい。豊富な知識と健全な精神・身体を身に付けて国際社会・高度情報化社会で力を発揮できる子どもたち、そして、他者を思える感受性豊かな子どもたちを育むもの、それが我が校が目指す「孝・恩・徳」の教育なのである。

 
片山学園中学校・高等学校 学園歌

           
作詞 廣瀬久雄
作曲 佐藤 進

一、限り無き 真理の道を
求めんと 集う我ら
学び舎は 若さあふれ
我が胸の 鼓動高鳴る
ああ我が学園 ああ我が学園
英知・徳・自立の誓い
花薫る 日を信じつつ
永遠(とことわ)に 学び励まん
 
二、ゆるぎなき 平和と幸を
求めんと 集う我ら
学び舎は 望みあふれ
我が瞳 さんと輝く
ああ我が学園 ああ我が学園
英知・徳・自立の誓い
みちひらく 日を信じつつ
若き日を 学び励まん